2004年09月10日

W.B.S. 2004シリーズ 第5戦レポート

 

 茨城県霞ヶ浦を舞台にW.B.S.プロチーム・トーナメント第5戦が9月4〜5日の日程で開催された。ここではそのもようをレポートしよう。

第5戦試合経過 

 混戦模様で迎えたW.B.S.プロチーム・トーナメント最終戦は9月4〜5日にかけて茨城県霞ヶ浦を舞台に開催された。そもそも、今シーズンが「なぜこれほどまでに混戦になったのか!?」というと、昨年12月に開幕した2004年シリーズ第1戦の成績にまで遡らなければならない。なんと、この大会で出場者数の70%がノーフィッシュで帰着するという異常事態が発生したのだ。これはW.B.S.史上最悪のウエイイン率である。 
 その後、第3戦あたりから霞ヶ浦に変化が訪れる。今年は“台風の当たり年”と言われているが、梅雨期にもそれなりの降雨があった。その水位変動を見逃さなかったアングラーたちは、シャローの異変に気づきはじめていた。 
 今年もっとも暑い時期に開催されたのは、7月25日の第4戦ではなく、6月24〜26日のスーパースリーデイズである。もちろん第4戦も選手の安否が気になるほど気温が上昇したが、スリーデイズではあの猛暑の中、奇跡の8kgオーバーがウエイインされている。しかしスリーデイズはレギュラー大会とは異なるため、ウエイトは年間成績に換算されず第4戦へともつれ込み、この第5戦を迎えたのだった。つまり、冬の大会でウエイトに伸び悩み、夏の大会でビッグウエイトが続出したため、年間総合ウエイトに差が生じなくなり、まさに団子状態で最終戦を迎えたのである。

 たとえば第4戦終了時、年間成績1位だった草深幸範さんはひとり13000g台を持っていたが、1位と2位がおよそ2kg差、2位から5位も2kg差、6〜9位が2kg差、10〜27位も2kg差になっていた。「2kg差を1試合でひっくり返すのは難しいのでは!?」と思われがちだが、最終戦はツーデイズ形式で開催される。1尾で1kgの可能性を秘める霞ヶ浦だけに、1尾でも多くウエイインできれば簡単に順位が入れかわってしまう。特に10位前後の選手はまったく気が抜けない状況だ。なぜなら、15位までがクラシック出場の権利を獲得するからである。「最終戦を制する者が今季を制する」といっても過言ではない状況だったのだ。 


 年間トップに立っていた草深さんは初AOYを獲得すべく、第4戦が終了してすぐ今大会に向けてプラクティスを敢行していた。多くの人々が彼の年間優勝を予測していたが、8月に入り、台風15 号、16号が通過。しかも18号まで接近するという状況に陥った。1日で水位、水質が激変するコンディションに「どこまで、誰が対応できるのか!?」が焦点となった。 
 初日は“カスミ健在”を証明すべく、12名がリミットメイクに成功。蛯原英夫/桂裕貴チームの7760gを筆頭に、2チームが7kg台をウエイイン、3チームが6kg台を持ち帰った。注目の草深幸範/村川勇介チームは5尾で3070gをウエイイン。決して悪いウエイトではないが、この大会に限っていえばローウエイトの分類に入る。 
 2日めは初日上位に立った選手同士の闘いへと発展。取りこぼしのない堅実なリミットメイクが功を奏する。しかし、ただリミットメイクするだけでは勝てない。2日め、山田貴之/ 篠田勉チームは7尾をウエイインしているが、3600gと低迷。試合の流れを変えるには、1尾1kgの配分が必要だった。

第5戦の栄冠は、2日間で14170gを持ち帰った蛯原英夫/ 桂裕貴チームの頭上に輝いた。2位には第4 戦に続きスピナーベイトのパターンで挑んだ荻野貴生/今井亮介チーム、3位には赤羽修弥/武恵一チームが入った。 
 年間優勝にもっとも近いポジションにいながら千載一遇のチャンスを逃した草深さんは年間7位に終わり、AOYは粟島英之さんが獲得した。また今シーズンを通してメキメキと成長した選手として、浅井由孝さん、平本直仁さん、金光忠実さんが挙げられる。10月9〜10日にかけて開催されるW.B.S.クラシック2004の舞台でも活躍が期待される。  


2度めのアングラーオブザイヤー

 今季、粟島英之さんは、2002年に続き2度めの年間優勝を奪冠した。バスの個体数が激減し難しくなったといわれる近年の霞ヶ浦で、彼は2度もビッグタイトルを獲得している。しかも2002年にはスーパースリーデイズでも優勝しているのだから、ここ近年もっともノッているアングラーのひとりである。

 粟島さんがW.B.S.に参戦しはじめたのは1993年。彼のキャリアはホットリップス(牛久沼などを中心に活動しはじめ、後にホームグラウンドを北浦に移す。発足当時のメンバーには鈴木美津男さん、林圭一さんなどが在籍し、現在のトップアングラーを輩出したクラブ・トーナメント組織)ですでに完成されていたが、1年間はノンボーターとしてエントリーし、2年めからボーターとして出場している。 
 当時の霞ヶ浦はよく釣れていた。ひとつの岩から数尾のバスが釣れ、ワンエリアで優勝することも稀ではなかった。たとえば、1992年にAOYを獲得した駒井寛さんは1995年にその地位に返り咲き、本山博之さんは1993 年、1994年、1996年、1997年にAOYを獲得している。また1995年、1996年には本山さんが2年連続でクラシック制覇を成し遂げるなど、勢力分布図がしっかりと固められていた。そんな時代から粟島さんはW.B.S.に参戦し続けている。  

彼とって転換期となったのは、間違いなく1999年シリーズである。これといって突出した成績を残したわけではないが、気がつけば年間2位の成績で1年を終えた。本人は「他の人がコケてくれたので、棚ぼた式で2位になった」と謙遜するが、こんな優しいキャラクターが本領発揮をすると歯止めがきかない。「棚ぼたではなく実力で年間優勝をねらえる」と肌で感じた粟島さんは、着実にその地位をねらいはじめた。 
 2002年、初夏の祭典、スーパースリーデイズを制した粟島さんは、このままAOYも取れると確信していたという。 
 「第3戦が終わって年間順位が1位だったんです。第4戦でもビッグウエイトを持ってきて、最終戦を待たずして年間優勝を決めるくらいの気持ちでやりました。そうしたら、大藪(厳太郎)君に負けちゃって。でも彼もプレッシャーを感じてたんでしょうね。年間優勝は僕が取りました。クラシックは彼に奪われましたけど(苦笑)」と言う。 
 2003年、Basser Allstart Classicへクオリファイされた粟島さんだったが、手も足もでない成績で惨敗。このとき彼は決心していた。「また年間優勝してオールスターに出たい。今度出れば勝つ自信がある」と。そう決起した粟島さんの2004年シーズンがはじまった。 
 
 では粟島さんの2004年の全成績をチェックしてみたい。
第1戦:4位 1尾 2240g
第2 戦:3位 1尾 1960g
第3戦:13位 2尾 2330g
スリーデイズ:17位 12尾 7210 g
第4戦:8位 6尾 4800g
第5戦:4位 14尾 12570g
(レギュラーシーズン第1 戦〜4戦はワンデー、第5戦はツーデイズ形式で開催された) 

 第1戦は39チームが出場し、ウエイインできたのは12チーム。第2戦でも半数近いチームがノーフィッシュで帰着する中、粟島さんは堅実にウエイインしている。大藪さんや蛯原英夫さんが「第3戦で気持ちが入れかわった」と語っているが、粟島さんもこの一戦をターニングポイントと感じていた。 
 「(AOYを)ねらってないけど、ねらってるって周りには言ってた。自分にプレッシャーを与えようかなと思って(笑)。自分の尻を叩いてたつもりだった。それで3戦めが終わって、ひょっとして……と思いはじめた」という粟島さんだが、それは闘い方に大きく反映された。第3戦が開催された5月までは浚渫や沖めの杭、ブレイクを中心にビッグフィッシュをねらった戦法を取っていたが、一方で6月以降の試合(スリーデイズ以後)では10〜30cmくらいのシャローを意識したパターンを重視している。ボートを流すペースもスローからミドルテンポへと変えている。つまり、ビッグフィッシュ1〜2尾で勝負するのではなく、確実により多くのバスをウエイインできるパターンへと変更したといえる。  
 
 シリーズ最終戦を迎えるにあたって、粟島さんがもっとも意識したのは大藪さんだった。2年前の年間優勝争いを共闘したアングラーであり、今シーズンはスリーデイズに続き第4戦をも制覇した強豪である。「リズムにノッている」という部分を取れば、粟島さんが2002年にAOYを獲得したリズムと同じに見えたからだった。 
 初日が終わった時点で年間トップ争いは粟島さんが暫定1位に座ることになった。大藪さんの追い上げも気になるが、ウエイトや気迫から見て要注意選手は蛯原さんに絞られた。 
 「大藪君の天才的な才能は認めるしスゴいと思いますけど、蛯原君の気合いは桁違いだった。もう年間優勝しか見えてない目だった。また初日みたいな規格外のウエイトを持ってこられたらヤバいと思ってました。今シーズン、私はウイニングウエイトをほとんど誤差なく的中してたんです。だから、蛯原君のウエイトも気になりますけど、自分自身がそのイメージした優勝ウエイトを持ってこれば勝てるかなと思った。蛯原君は本湖で勝負してるって聞いてた。でも、最終日の本湖はスゴい荒れてて、あの中でビッグウエイトを出すのは難しいと思った。それで、ウエイインに向かいながらボートを走らせてるとき『勝ったな』って密かに思ってました」と振り返る。 

 結果、粟島さんは2度めのAOYを獲得した。蛯原さんとの差は740g。蛯原さんに初戦と第2戦のノーフィッシュがなければ、結果が大きく変わっていたかもしれない。W.B.S. クラシック2004は10月9〜10日にかけて開催されるが、これで粟島 vs 蛯原に俄然興味が沸いてきた。またこの2人に粟島さんがもっとも恐れ、蛯原さんも「最大のライバル」と述べる大藪厳太郎さん、そして惜しくもAOYを逃してしまった草深幸範さんも雪辱したいはず。となれば、クラシックはこの4名の競り合いになる可能性が高い。

AOY闘争で不名誉な“ミスターNo.2”の称号を得たアングラー、蛯原英夫。クラシック優勝予想のNo.1に1位指名!

 W.B.S.プロチーム・トーナメント第5戦の勝者、蛯原英夫さんが、大会が終了し表彰式を待つ間、落ち込んだ表情で静かにペットボトルの水を飲んでいた。彼の近くには同じJBA(蛯原さんを中心に結成されたミニトーナメント組織)のメンバーである小田島悟さんと中嶋美直さんがいたが、特に声をかけることなくお互いが静かに佇んでいた。 
 最終戦に向けて蛯原さんが掲げた目標は3つ。優先順位順に、年間優勝、クラシック出場、そして第5戦の優勝だった。しかし彼が達成できたのはクラシック出場と第5戦の優勝。大本命のAOYは獲得できず、AOYに輝いた粟島英之さんには740g差で負けた。空前絶後の困難さに見舞われた今シーズンの霞ヶ浦、強豪がひしめくW.B.S.で年間2位になれたのだ。そこそこ満足できるものだろうと思われたが、1997 年からこの団体に参戦する蛯原さんが年間2位を獲得したのは今年で3度め。“ミスターNo.2”という欲しくもない、嬉しくもない地位を得た。  
 
 川パターンが流行する昨今の霞ヶ浦。「川での数釣りなしに、上位入賞は無理」とまで言い切る選手も中にはいる。そんな昨シーズンのAOYは、1年間、大山の余部入承水路で勝負を挑んだ峯村光浩さんが獲得。蛯原さんは川パターンを念頭に置きながら、あくまでも本湖での勝負、本湖のビッグフィッシュにこだわった。その結果、年間2位でフィニッシュしたわけだが、本人はウエイイン終了後、ボートの陰で涙を流した。だからこそ、彼の今シーズンに掛ける意気込みは今まで以上に熱いものだった。  
 
 しかし、バスフィッシングの神様はどこまでもイジワルである。あれほど悔しい思いをさせたアングラーの船外機を今季第1戦中に破壊した。続いて3 月に開催された第2戦では、冬から早春の麻生エリアを得意とする蛯原さんをノーフィッシュで帰着させた。昨年は第2戦終了時で年間2位だったが、今年は2戦が終了してもスコアはゼロ。最悪のスタートを切った。 
 多くのアングラーが蛯原さんの努力を認めている。だからこそ、「今年こそは、AOYを取らせてあげたい」という声が挙がっていた。ところが、今シーズンは開幕戦からまさかの2連敗。これでAOYを取れたなら相当な大穴狙いだと思われても仕方がない。あの2連敗を蛯原さんはこう語っている。 
 「1戦めは(自分が)釣れなかったというより、ボートの問題だった。だからどうしようもないし、誰にでも起こりうることでしょ。ノーフィッシュというより、戦線離脱。悔しいというより、仕方がないって気持ちが強かった。2戦めは気心が知れた小田島さんと一緒に乗ったけど、やったのは麻生を中心とした冬のエリア。バスがいたのはプラでわかってた。(本戦では)レンジがちょっと違ったんだろうね。スゴい集中してやってたし、気がついたらウエイインの時間が迫ってた。だから、自分が信じた釣りを諦めないでやれた、という達成感が強かった。ノーフィッシュで終わったけど、逆に『俺にもまだ集中して試合ができるんだ』という自信が沸いてきた。1戦め、2戦めを足してもノーフィッシュで終わって悔しいという気はまったくなかった」と語っている。 
このあたりから、蛯原さんの勢いに変化が見えはじめた。充実したプラを終えた蛯原さんは、シャローのアシと沖のストラクチャーを行き来するバスを見つけだした。プラのパターンがガッチリとハマッた第3戦では順位こそ3位だったものの、充実した釣りができたという。第4戦でも5位でフィニッシュするが、パターンには満足していると語る。
 「第3戦では難しさの中にも楽しさが見えてきた。第4 戦では時間がなくて、湖に出る前のイメージトレーニングが大事だった。想像してた場所に行ってみると、やっぱりいたなって。順位はそこそこだったけど、自信がついた。もう、第5戦では負ける気がしなかった」と言う。 
 その第5戦、今季最終戦を迎えるにあたって、蛯原さんの年間順位は8位だった。トップを走っていた草深幸範さんとはなんと3980gもの差があった。約4kgの差があるにもかかわらず、「負ける気がしない」と言い放っているのだ。 
 「草深君はボーター2年めでしょ。『若手だから』で片づけると彼には悪いけど、年間優勝争いの闘い方はまだわからないと思うんだよね。プレッシャーもあるし。だから、彼のウエイトは3500gを2日間持ってきて、年間トータル20kgかな、と。浅井さんはスリーデイズでクラシック出場枠を獲得しているし、多少勝負感が鈍るだろうし、彼は2日間で8〜9kg。やっぱり合計は20kgかなと。俺は1日8kg釣る自信があったし、低く見積もっても2日間で15kgだから、年間トータルは24kg。大藪君も危ない存在だと思ってたけど、一番の強敵は粟島さんだと思った。あの人は長い間トーナメント出てるし、年間優勝争いの闘い方をわかってるからね」と述べていた。 
 最終戦初日、蛯原英夫/桂裕貴チームは、DAY1のビッグフィッシュ(1760g)を含む7尾で7760 gをウエイイン。粟島英之/山口将司チームは7尾で6980g。年間トップだった草深幸範/村川勇介チームは5尾で3070、浅井由孝/藤野淳一チームは6尾で3650gをウエイインした。 
 
 初日が終了した時点での年間ウエイト順位を計算すると、 

 暫定年間1位-粟島英之:18390g
 蛯原英夫:16830g
 草深幸範:16120g
 浅井由孝:15500g

となっていた。 

 この時点で「(粟島さんと)一騎打ちだな」と蛯原さんは考えていたらしい。「草深君と浅井さんがたとえ5kgを釣ってきても、俺は7kg釣る自信があったし、勝てる。問題は粟島さんが5kgとれるかどうか。俺が7kg持ってきて、粟島さんが5kgならいい試合になると思った」と振り返る。  
 
 第5戦最終日、ウエイインを待つ蛯原さんにそっと近づくと、いままで見たことのない恐い形相で睨みつけてきた。険しい目つきで、「俺はもうダメだ……」とひと言漏らすと、何もしゃべらなくなった。ウエイインステージに上った蛯原さんは計量器の数字を見つめたあと、その瞬間、膝から床へと崩れ落ちた。私は生涯はじめて、悔しさで崩れ落ちる人間を目撃した。わずか、740g差でAOYを逃してしまったのだ。  
 だが、蛯原さんはシーズン最初の2連戦をノーフィッシュ。第4戦終了時、年間トップの選手とは約4kgの差が開いていた。この状況で「AOY取るよ」と宣言していたことを考えると、この人はだた者ではない。 
 表彰式終了後、蛯原さんが語った言葉が印象的だ。 
 「1年間を通して、今までやってきたことは無駄じゃなかったって思えたし、自信にも繋がった。悔しいけど、負けは認める。でもね、思ったよ。夢は見るもんじゃないね。夢は叶えるものだね」。 
 感動した。蛯原英夫はスポーツマンであり、アスリートでもあるのだ。この男はここで終わる器ではないはずだ。

Posted by DODGE at 2004年09月10日 12:16 in スナップショット, 国内トーナメント

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